学生生活

2016年8月29日 (月)

夏を凌ぐ

 先日の中日新聞に「夏の疲れが秋になって出るので気をつけるように」という記事を見つけた。原因として想定されているものは様々で、実際のところどうしたらよいのか、判断に迷うのだけれど。

 処暑という言葉がある。国語辞典を見ると立秋と白露の中間、旧暦の7月中旬とある。おそらく、季節は今頃。とにかく、暑さを凌いでたどり着いた季節。まだまだ暑い。本格的な秋へ向けて備える。
 もう50年近くも前、大学生の姉がこどもの野外活動にボランティア活動として参加していたことがある。その数年間、姉は毎年梅雨のころから立秋過ぎまで、泊まり込みで島に出かけては大量の洗濯物を抱えてもどるという生活を続けていた。よほど疲れるらしく、中休みの時期は週日家で寝ていた。そして、夏の終わりまでも。
 処暑という言葉は、いつも、この時期の姉の姿と重なって思い浮かぶ。
 夏をどう凌ぐか。
  そのころは信州の高原で土地の人々が「学生村」という安価な民宿を提供していて、涼しい土地で過ごす大学生や高校生について、新聞で紹介されていたこともあった。まだ、大企業が観光開発と称して高原地帯を嘗め尽くすようになるより少し前のことである。しかし、高校生の頃、堀辰雄の作品などを通してかいま見た「高原の夏」は、たとえそれが人々の暮らしの陰影に満ちていたとしても、手の届かない社会階層の人々の世界だった。「風立ちぬ」という宮崎駿のアニメ作品の中では、軽井沢で夏を過ごす人々が描かれたが、その人々は経済的にも、社会的にも恵まれた人々に限られていただろう。
 こどもの頃も今も、夏はとにかく乗り切ることで精一杯である。狭い家を逃れて教室の窓を開け放って本を読んだ夏、温度管理の施された公立図書館の限られた机を求めて並んだ夏、歩みのもどかしい我が身としては、出来る限りこの時期に先へと進みたいのだけれど。
 

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2016年2月28日 (日)

世界を広げる

ここにはない出来事、ここにはない考え方、ここにはない関係・・・

AKIRAでも、エヴァンゲリオンでも、グリムでも、慣れ親しんだ世界から飛び出してみる。
たくさん読むこと、読んだものを再構成すること。
世界を発見すること。

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2015年9月26日 (土)

前期をふりかえって

 第2学年 「こどもと言語Ⅰ」を多くの方が受講して下さいました。今年度は新しい試みとして、グループ学習方式を導入しました。厳密に言えば講義というより演習に近いですね。慣れない方式で、戸惑いを感じた人も少なくなかったようです。最後に振り返ってみていただいたところでは、「自分のペースに合わせて進められてよかった」「よく理解できた」「グループの仲間に助けられた」とこの進め方の特色を生かしてくれた参加者の声も多く聞くことができました。昨年度は同じ教科書を扱いながら「最後まで進めなかった」という不満もありましたが、今年度は予定通り進めて、最終章まで到達することが出来ましたね。担当者としては70名を越える受講者をグループ編成すること、グループに合わせた課題を毎回準備するためにたくさんの時間を使いました。授業時間にはそれぞれのグループをまわって質問に応じたり、助言をしたりしました。教科書は言語獲得に関する心理学研究を扱った専門的なものでした。皆さんの感想・意見は様々でしたが、例年に比べると(一人一人の到達点はさまざまであるにしても)よく勉強できたように思います。今後必要に応じて読み直し、さまざまに利用していただければと思います。共同学習の方法についてはまた、これからも、いろいろ工夫して見てくれるよう期待しています。

 第3学年 は保育・幼児教育・初等教育コースの皆さんに保育指導法(人間関係)を履修していただきました。幼児教育のための演習科目です。例年、1ヶ月間の小学校実習に出かける4年生も同時に履修するということで、進行方法に苦慮する科目です。今年度は受講生が多いので2つのクラスに分かれましたが、受講生数にも受講者の構成にも偏りがあり、進行が難しいクラスもありましたね。「人間関係」の演習ですから、この特質を生かすような実践的「学び」も、この集団の中で構成できたのかもしれないと思いますが、今年度はうまく運びませんでした。目標としたなかで、うまくつたわっていなかったかなと思われる点は、幼児教育や教育を「知識や価値観の注入」ではなく、こどもが活動する中で行動の仕方を獲得していくという視点から構成するという方法です。ドイツの小学校のクラスで、こどもたちが個別のワークブックを持ち、それぞれのペースで時間内の課題を設定し、目標地点の近い仲間と共同で取り組む様子を見てきました。日本国内でも、そのような学習様式をとっていることろもあることと思います。教師はそこでは何も教えていないように見えるかもしれません。教師か一体どのような働きをしているのか。それが見えてくるようになれば、皆さんの幼稚園や小学校での教師としての立ち位置もわかってくるのではないでしょうか。
 第4学年では「遊びの研究Ⅲ(プレイセラビー)」を開講しました。認知発達と社会情動的な発達の2つの側面から遊びを理論的に見直し、「認知的な遊び」と「社会情動的な遊び」に取り組み、実践的に遊びの捉え方を理解するという盛りだくさんな内容でした。英文の文献を読みこなすことにも取り組んでいただきました。社会情動的な遊びについては受講者全員が参加できるように「コラージュ法」を行いました。「箱庭」をやってみたいという希望もありましたが、一台しかない箱庭では、機会が限られてしまうので今回は期待に沿えませんでした。

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2015年8月18日 (火)

夏の終わり

8月も秋風が立つようになると、4年生は就職のこと、卒業研究のこと、心配事で心細い毎日が始まってきますね。一ヶ月後は卒業研究の中間発表会。進んでいますか。

さて、1年生、2年生、3年生も前期の成績を確かめて下さい。こども学概論Ⅰ、こどもと言語Ⅰ、保育指導法人間関係、遊びの研究Ⅲ、「不合格」の場合もあります。
そのままにしておかないように。
さて、当ブログ管理人は10日ほど遠方へ出かけます。9月に入ったらお会いしましょう。

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2015年4月 2日 (木)

桜の散歩道

学園の丘とその南側の調整池の周囲では桜が満開です。

丘の上の教室から見下ろす風景は見慣れたものですが、調整池の周囲を巡る市の遊歩道から近景、遠景を重ねて見る風景も新鮮です。

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2015年1月18日 (日)

2014−平成26年度

 この年度も出口が見えてきました。

 担当している「授業」だけを振り返ってみても、慌ただしい1年でした。
 前期、 こども学概論Ⅰ 1年生、こどもと言語Ⅰ 2年生 こどもとコミュニケーション 2年生 保育指導法人間関係 3年生・4年生 遊びの研究Ⅲ 4年生 そのほか、演習や保育実習、教育実習の巡回指導が加わります。
  2年生は保育実習と野外活動の実習が入れ替わり立ち代わり入ってきますから、それを避けて補講を設定しなければなりませんでした。
  学生の皆さんの「何をやっているのかわからない」という感想は、無理もないことでしょう。あわせて、野外活動という「拡散的な活動」と本を読んだり、分析したりする活動とは相容れない。どう調和させるのか、難しい課題です。
 後期、こどもの心の発達Ⅰ 1年生、こども学調査法Ⅰ 3年生・4年生 そのほか演習など。そして、学外の 発達と学習 1年生中心。
 余裕があるように見える後期も、フィードバックシートを点検返却したり、調査の実習的な側面につき合ったり軌道修正したりするのは、なかなか大変でした。
 評価を厳しくすべきである、しかるべく十分学ぶようにと世の中はきりきりとしています。しかし、いっぽうでは温暖な空気のまま停滞しています。その間に身をおくことは緊張と不快を呼ぶものです。
 大学をGlobal 大学とLocal 大学とに分けようという提案があるようです。あるいは総合職につながる大学と専門職のための大学とに。学習と仕事の効率をそれで上げようというのでしょう。しかしそれぞれの大学教育からノイズを排除して、はたしてうまくいくのでしょうか。
 

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2015年1月16日 (金)

神は細部に宿りたまふ こども学調査法Ⅰの終わりにあたって

 こども学調査法Ⅰもあと1回で終了。

 10回目の記録を掲載して以来ですから4回分のご無沙汰をしてしまいました。

 この期間、調査用紙の作成をめぐって行きつ戻りつ。前に進んだり後戻りをしたりでしたね。

 途中で、調査用紙が出来上がるまでの過程をじっくり考え直していただこうと、KJ法の創始者、喜田川二郎さんと霊長類研究所の松沢哲郎さん、そして質的心理学会のやまだようこさんの鼎談記事を皆さんに読んでいただきました。年末にレポートも出していただいたのですね。歳明けの第13回には発表の手順をお話してグループ作業。

 そして、14回目今週に続いて次週、15回目もグループ発表です。
 発表していただくグループが多くなりましたが、資料をそろえ、てきぱきと進められるようにお願いしますね。
 現代、手際よくまとめられた調査結果に接する機会は皆さんにもたくさんあることでしょう。2年生のこども学専門演習Ⅰのグループ研究発表会にも文部科学省による調査結果、新聞社、その他民間団体などが実施した調査の結果を借りて、まとめたものがいくつもありました。しかし、いざ、3年生、4年生になって、自分たちで調査用紙を作成し、実施してみようとなると、いくつものひとつひとつは小さな問題が滝のように降ってきます。「わけわかんない」と皆さんはよく言います。でも聞いてください。この「わけかわんない」小さな問題ひとつひとつに丁寧に付き合って言ってはじめて世界は姿を現してくれるのですよ。
 「調査って難しいんだね」。このひとことが皆さんの進歩を表しているように思うのですね。

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2015年1月11日 (日)

峠まであと少し、もう少し頑張れば

 胸突き八丁という。丁はここでは距離を測る単位、一丁は60間、一間は約182センチほど。一丁は約109メートル。八丁となると872メートル。富士登山の最後の八丁が一番苦しいというたとえからきたものと解説するものもいる。ここをすぎれは四方を見渡し、日の出を身体に取り込むことも出来る。峠、頂上にいたる最後の局面が、実は一番苦しい。いいじゃん、ここまでやったんだから。途中で投げ出す。やったことにしておいてよ。ここを越えて、頂上に至ったところで得られる視界は全く違うのに。

 学園によっては学生生活の胸突き八丁はたとえば卒業研究。最後が苦しい。とにかく自分で進まねば。
 さあ、君は胸突き八丁を乗り越えて、峠の眺望を我がものとしたか。
 
 

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2014年8月11日 (月)

教科書を枕に

それは不謹慎な発想でしょうか。

学生時代の夏休み、教科書を枕につい午睡。

木陰生がまだ中学生のころ、「君たち、アメリカの(あるいはイギリスであったか)教科書はこのように分厚いのだ」。目の前の5ミリの厚さの教科書に、その7−8倍はあろうかというかの国のテキストを重ねて恩師は宣った。

木陰生が大学生のころ、当時の恩師のひとり、「教科書はできるだけ簡略なのがよろしい。講義者が補い、また受講者も自ら調べて詳細なノートを構成すればよろしい。

図書館を利用する機会も、ましてや自らほかに調べる手だてをとる環境にない受講者にたいしては、前者を、豊富な参考図書を自ら手にして学習活動を組み立てる状況にある受講者にたいしては後者。これが木陰生の見解。

さて、皆さんは。

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2014年8月 5日 (火)

蝉の声の降る中いかがお過ごしですか

ご無沙汰しました。

目の回るような2014年前期が一区切りのところまでやってきました。
あるものは試験が終わり、あるものはまだ補講の途上。
気になるところでしょうが、成績はまだお知らせできません。
7月の最終週。
月曜日は役所へ出かけ事務的な仕事と仕事場の書類の整理。
火曜日は通常講義と試験。1時限目に始まり第5時限目まで。その合間に科内の委員会、成績物の整理。終了後は水曜日外部講義のための資料作成・印刷。暗くなってから大学を出て帰宅。
水曜日は朝から県の総合教育センターというところで高等学校看護科の先生方に2時間15分の講義。A33枚の資料綴りはその前、仕事場で。終了後、センターの担当者と1時間近く話をし、辞去。その後は資料の整理と講義内容の手直し。
木曜日は研究室を整理し、業者がプリンターを入れ替えてくれるのにつき合う。午後は研究室で成績物の整理、夕方学科の会議。その後打ち合わせ2件。急いで帰路。途中でサンドイッチを求め車の中で夕食。夜は住宅の管理組合理事会。
金曜日は東京で臨床発達心理士資格認定のための講習会で講義をするために1日を使う。
土曜日は講義内容の修正と、仕事場で資料や図書の整理。
そして、遅れていた神経を使う事務仕事を仕上げて投函。この遅延に関わる問い合わせがあり、エクスキューズを添えて返信。
後日、人を介して連絡があり、「もっと暇だと思っていた」とのこと。
というような訳で、出会い頭に私の成績どうだったかしら?と聞かれても、即答できないのです。
こういうことには私が皆さんぐらいの頃にはよくはわからなかったかもしれません。
もちろん、私のレポートどうだったかしら?と尋ねてみるような親しさは持ち合わせていなかったので、皆さんと同じような行動には出なかったのですが。

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