心理学

2009年4月17日 (金)

こころはどこにあるか/「行動と心理」第1回~第2回

 「行動と心理」 第1回

「行動と心理」は大学1年生向けに開講している人文学部の共通専門科目。

「行動」と「心理」がミスマッチだと思う人は?と問うと半数ほどが手を挙げる。

「心理」で多くの一般市民が思い浮かべるのは河合隼雄氏が広めたユング心理学のほうだろうか。

日本心理学会のシンポジウムであったか、分科会であったか、とにかく、心理学の研究者があつまっているところで「私は心理学者ではありませんから」と付け加えながら、挑戦的な発言をしていた姿を思い出す。まだ1970年代のことであったように記憶する。

しかし、心理学は「たましい」というようなことばで扱われるような、人の身体から離れて飛び交うものとして「こころ」を扱うことから離陸することでその歴史を始めた。「行動と心理」はいわばこちらの系統をひきついだ心理学の講義である。

「こころ」がどこにあるのかという問いは古い昔から存在したらしい。人々は様々なことを考えた。

「こころはそれが停止すると人に死をもたらす心臓にあるに違いない」

「ハート」のマークはその象徴である。

「こころは人の考えるとか感じるという働きと深いつながりがあるから脳がこころのありかであるのだろう」

「人工知能」「ロボット」にこころをもつことが可能であるのかという問いにそれはつながっていく。

「こころを人が内包している、内にかかえている」と考えるのはまちがいである。「こころは外に現れた活動そのものである」

このいくつかの考え方を脇に置きながら、映画をひとつ見てもらう。

 「行動と心理」 第2回

第1回から第2回にかけてみてもらう映画はおなじみ「12人の怒れる男たち」1950年代アメリカの作品である。この映画については少し前の記事に書いてあるから、ご覧になった方もいるだろう。

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